正義を騙(かた)る勘違い野郎どもが、またもや馬脚を現した――。
舞台は、もはや「恥のデパート」と化した兵庫県。主役は、数々の不祥事でその名を全国に轟かせる兵庫県警。
今回の“珍事”は、たった12歳の女児を3時間以上にわたって執拗に締め上げ、「自白」なる紙切れを書かせ、署名・指印まで取るという前時代的かつおぞましい尋問の果てに、結局“被害そのものが虚偽”だったという落ちまでついた茶番劇である。
だが、ここで見逃してはならないのは、この県警の体質である。
「覚えていないはずがない」「思い出せ」――12歳の少女に対して浴びせかけられたこの暴言は、もはや“取り調べ”というより“拷問”に近い。
いや、むしろ「暴力団ごっこ」とでも呼ぶべきだろう。
なにせ、兵庫県警は暴力団を摘発する前に、自分たちの中に巣食う“組織内暴力団”をまず潰さなければならないのだから。
思い込みと決めつけ、そして精神的圧迫によって「無実」を「有罪」に変えるこの手口は、法の番人というより、もはや法の破壊者。
12歳の子どもに「やってもいないことを認めさせる」ことに成功した彼らの姿には、哀れみを通り越して怒りすら感じる。
県警は「適切だったかどうかは回答を控える」と、いつものようにスルーを決め込んでいるが、いやはや潔いまでの無責任。
この“開き直りスタイル”も、もう何年も更新されていないレベルの古臭さだ。
まるで某氏の放言癖と一緒で、「謝ったら負け」とでも思っているのだろう。
ああ、なるほど。
だから兵庫県は何かと問題を起こすのか。
それもそのはず、兵庫県とは「大阪府に憧れてる勘違い大馬鹿野郎」がやたらと多い土地柄。
中途半端なプライドと、中身のない虚勢だけを膨らませて、気がつけば自分たちが“トラブルメーカー”の代名詞になっていたという哀れな結末である。
なお、聴取の際には母親の同席もなく、女児の顔写真を勝手に6枚も撮影。これが「内規違反だった」と自ら認めるあたり、もはや組織ぐるみの人権無視。
そんな“何様のつもりか不明な振る舞い”を見せておきながら、「誘導していない」と断言する面の皮の厚さは、日本一の鋼鉄級と評して差し支えない。
警察官という立場にある者が、思春期を迎える前の少女に対し、証拠も確証もないまま“クロ”と決めつけて追及し続けたその実態は、まさに現代社会における“暴力の象徴”。
そしてそれを止めるどころか“教育指導”で済ませてしまう組織の“ズブズブ体質”は、いずれ県政全体に取り返しのつかないツケを残すだろう。
兵庫県民の多くは真面目で常識的な市民である。しかし、その名誉すらも傷つける今回の暴走劇は、断じて許されるものではない。
問題の核心は、“一部の暴走”ではなく、組織全体に蔓延する「俺たちは正しい」という万能感と無反省体質にある。
兵庫県警よ、あなたたちの“正義”は誰のためのものなのか。
そして、いつになったら「警察ごっこ」ではなく、真に“公共の秩序”を守る組織になれるのか。
その問いに答える日は、きっと、今日ではない。
編集部■葛谷 波太
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