2025年4月1日に施行された「情報流通プラットフォーム対処法」(通称:情プラ法)は、インターネット空間における誹謗中傷や権利侵害情報への対応を名目に掲げ、SNS事業者に対して削除対応の迅速化と基準の明示を義務づける新法である。
情プラ法は、違法薬物や闇バイト、名誉毀損など、誰もが問題と認める情報の削除を推進する点では合理性を有する。しかし一方で、被害者以外の“第三者”による削除申請が認められる条項や、AIやbotによる投稿までも含めた対象の曖昧さは、言論封殺の温床となりかねない。
とりわけ、政府に批判的な発言や、政権運営に対する論評すらも「名誉毀損」「社会秩序を乱す」といった曖昧な名目で削除対象となれば、それはもはやネット規制を超えた“政治的意見統制”に他ならない。
現に、施行発表後のネット上では「言論弾圧法」「デジタル治安維持法」などという揶揄が飛び交い、「反体制的な言説が弾圧される時代が来るのではないか」との懸念が噴出している。
SNS運用者に対しても「削除対象とされたら即対応すべし」とされ、異議申し立てや表現の自由の権利保障が極めて弱くなっている点は深刻だ。表現の自由は憲法で保障された根源的権利であり、これを行政のガイドライン一つで左右するなど、民主主義国家として本来あってはならない。
さらに見逃せないのは、【大規模特定電気通信役務提供者】という名目で、月間ユーザー1,000万人以上のSNS事業者を名指しして規制対象に据えた点だ。
X(旧Twitter)やInstagram、YouTubeといった国際的サービスが対象とされるが、それらの管理主体に一律の規制を課すことが、結果として“特定思想の拡散抑制”につながることは容易に想像できる。
政府は「言論の自由を脅かす意図はない」と強調するが、過去に制定された【建前は良くても運用で恣意的に濫用された法律】は少なくない。国民の「声」を封じる制度はいつも、善意の衣を纏って現れる。
情プラ法の最大の問題点は、“何が削除対象となるか”の基準が曖昧であるにもかかわらず、その判定がプラットフォーム事業者に委ねられていることである。しかも、その削除判断を支える「ガイドライン」は行政が作成・指導する。つまり、「政府の目にかなわない情報は消される」構図が制度的に出来上がるのだ。
法治国家において、自由な議論と健全な批判精神は民主主義の基盤である。情プラ法がこれらを侵食し、インターネット空間にまで“忖度”の文化を蔓延させることになれば、日本は知らぬ間に「監視社会」へと歩みを進めていることになるだろう。
SNS事業者が自主規制により「過剰削除」に走るのか、それとも「あえて曖昧なまま」削除申請をスルーし続けるのか。この法律の運用は今後の言論空間に深刻な影響を及ぼす。
今、必要なのは規制強化ではなく、“誹謗中傷と批判の違い”を見極める健全な議論と、ネットリテラシー教育の徹底である。
法の不備を民意の声で正すには、今まさに、沈黙せず声を上げる時ではないか。 #事業 #ビジネス #ニュース
記者 高南 祐介
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