経済評論家で作家としても知られる猫組長こと菅原潮氏が、匿名アカウント「闇クマ」名義でSNS上に投稿を繰り返していた男性に対し、東京地方裁判所を通じて発信者情報開示請求を行い、氏名等を特定したうえで提訴したとする内容を、6月12日午後、自身の運営するネットメディア「The Nekokumicho Post」および公式X(旧Twitter)アカウントで発表した。
さらに日本保守党代表の百田尚樹氏もこの投稿を引用し、「東京地裁は闇クマ氏の違法行為を認めたということ」「チーン」と断定的な文言を添えて投稿。これら一連のやりとりはX上で拡散され、大きな波紋を呼んだ。
裁判所が「違法性」を認定?拡散された「誤解」
問題となっているのは、発信者情報開示請求の結果として得た情報を、訴訟以外の文脈でネット上に公然と晒したという点にある。
SNS上ではすぐさまXの「コミュニティノート」機能が発動され、「開示請求で得た情報をネット上で拡散することは原則として禁止されています」との注意書きが投稿に追記された。また法的リスクについても、「このような投稿を行えば、逆に相手方から損害賠償請求を受ける可能性がある」とする警告も加えられた。
実際にネット上には次のような指摘が続出している。
「発信者情報開示請求で得た氏名や住所は、あくまで訴訟目的のために限定的に使用されるべきもの。これを“報復”や“晒し”の手段として用いれば、“目的外使用”として法的に問題になる可能性が高い」
「開示が認められた=違法行為と断定された、というロジックは完全な誤認。裁判所は『名誉毀損などの可能性があるから情報を出させる』のであって、違法かどうかは訴訟の過程で初めて審理される」
「チーン、などと軽々しく投稿する態度が、仮にも政党代表としてふさわしいのか。国家を語る前に、公の場における言動に責任を持っていただきたい」
一方、猫組長氏が正規の法的手続を経て提訴に至ったという点自体には、支持や理解を示す声も少なくない。しかし、今回の問題は「訴えることの是非」ではなく、「開示で得た個人情報をネットで拡散したことの是非」に焦点が移っており、特に百田氏による「違法性を東京地裁が認めた」との断定的投稿には、法曹関係者を中心に慎重な見方が相次いでいる。
開示請求の制度とは――「さらし」は認められるのか?
発信者情報開示請求は、名誉毀損やプライバシー侵害、業務妨害などの不法行為によって権利を侵害されたと主張する被害者が、プロバイダ等に対して発信者の情報(氏名・住所・IPアドレスなど)の開示を求める法的手段である。東京地方裁判所などがその正当性を審査し、要件を満たすと判断された場合に限り、開示が認められる。
しかしながら、そこで得た情報は本来、損害賠償請求や謝罪請求など「民事訴訟上の権利行使」に限定して使用されるものであり、SNS上での公表・晒し行為は“目的外使用”として違法性を問われるリスクがあるとされる。
弁護士ドットコムや複数の法律事務所の解説でも、たびたび「開示された個人情報は、訴訟の中でのみ使えるものであり、これをSNS等で拡散すれば、プライバシー権の侵害や名誉毀損で訴え返される恐れがある」と警鐘が鳴らされている。
支持者からも苦言 問われる政治家の倫理観
さらに今回の投稿に関しては、百田氏が代表を務める国政政党「日本保守党」の支持者からも戸惑いや落胆の声が上がっている。
「支持しているからこそ、こういう軽率な発信で党全体の信用が損なわれるのは残念」
「好きな政治家でも、本名晒しで“チーン”などと煽るのは看過できない。節度ある言論を期待したい」
「政策の実現を目指すなら、こうした私的なネット論争に深入りすべきではない。党の品格が問われる」
百田氏は過去にも過激な発言や強い言葉遣いで物議を醸してきたが、今回は公党の代表としての節度・言動管理の是非がより強く問われる局面となっている。
今後の焦点は「訴訟の中身」と「ネット私刑の限界」
猫組長氏が東京地裁に提起したとされる訴訟の中身については、現時点で詳細が公表されていないものの、名誉毀損や業務妨害等をめぐる民事請求とみられる。ただし、開示請求の時点で裁判所が違法性を判断したわけではなく、今後の訴訟を通じて初めて、野中氏による投稿が不法行為に該当するかどうかが審理される。
いわゆる「ネット私刑」のようなかたちで、SNSを通じた一方的な糾弾や個人情報の晒し行為がエスカレートすれば、訴える側にも法的責任が生じる可能性がある。
SNSが個人の言論の自由を拡張した一方で、「法的正当性」と「社会的節度」の両立が必要とされる時代にあって、今回の事案は多くのユーザーにとって重要な教訓となりそうだ。