人権意識を問うアンケートの設問をきっかけに、SNS上で議論が広がっている。
「男性」という項目が設問の選択肢に含まれていなかったことから、「男性の人権は問題とみなされていないのか」との批判が相次ぎ、設問のあり方をめぐる意見が交錯している。
■ 一枚の画像から広がった議論
発端となったのは、28日にX(旧ツイッター)へ投稿された一枚のアンケート画像だ。
設問は「人権問題で最も関心のあるものはどれですか」との問い。選択肢には「女性」「子ども」「高齢者」「障害者」「外国人」「犯罪被害者とその家族」「インターネットによる人権侵害」「LGBTQ」「その他」「特になし」が並ぶが、「男性」の項目はなかった。
投稿者は、防災情報配信ブランド「特務機関NERV(ネルフ)」を運営するゲヒルン株式会社の関係者。
「男性の人権問題って、無視されがちじゃない?」とのコメントとともに投稿され、29日までに200万回以上表示された。
SNS上では、
「選択肢にすらないのはおかしい」
「属性を挙げればキリがない。その他で回答すればよい」
など賛否が割れ、調査の設計そのものに注目が集まった。
■ アンケート実施企業は大手リサーチ会社
画像の形式や表記から、国内大手の株式会社クロス・マーケティングが実施した調査とみられる。
同社はマーケティング・リサーチ事業を展開し、親会社のクロス・マーケティンググループ(東証プライム、コード3675)は2025年6月期に売上高288億9,658万円(前年同期比10.4%増)、営業利益25億2,295万円(同36.8%増)と堅調な業績を維持している。
人権や社会課題に関する調査も多数手がけており、今回の騒動は「設問設計のあり方」というリサーチ業界の根幹を問う形となった。
■ 投稿者の所属先「ゲヒルン」とは
投稿を行ったとされるゲヒルン株式会社は、東京都千代田区に本社を構えるIT企業。2010年設立、資本金4,143万円。防災・気象情報配信サービス「特務機関NERV」を運営し、災害情報の迅速な発信で知られる。株主はさくらインターネット株式会社(100%)。
2025年3月期の決算公告によると、
資産合計1億3,839万円、負債合計7,598万円、純資産6,241万円。
繰越欠損を抱えるが、債務超過ではなく、流動比率は約138%と健全な財務体質を維持している。
企業としての信頼性が高いだけに、関係者の投稿が注目を集めた格好だ。
■ 「男性の人権」は議論の対象外なのか
専門家からは、設問の構成に対して慎重な見解が出ている。
社会調査の専門家は次のように指摘する。
「列挙式の設問は、回答者に想起を促す効果がある一方、選択肢にない項目は『重要視されていない』と受け取られやすい。今回のケースでは、“男性”が除外されたことで“可視化されない層”への配慮不足が批判を招いた可能性がある。」
また、ジェンダー問題に詳しい研究者はこう語る。
「“男性”という属性を加えるかどうかは表現の問題ではない。社会的に可視化されにくい男性の課題――自殺率の高さ、ケア責任の負担、性被害の孤立――などをどう扱うかという、調査の姿勢が問われている。」
■ 法的には問題なし 問われる「説明責任」
一方で、法的な観点からは「設問に男性がないこと自体に違法性はない」との見方が大勢だ。
労働法に詳しい弁護士はこう話す。
「アンケートは表現活動の一種であり、合理的な目的と手法があれば問題はない。ただし、人権をテーマにする以上、なぜその構成にしたのか、自由記述の扱いをどうしているのかなど、調査主体には説明責任がある。批判が生じた場合は、設問意図や改善策を示すことが望ましい。」
企業が社会的テーマを扱う際には、法的な整合性だけでなく、社会からの理解を得る努力が求められる。
■ 男性の人権課題、可視化進まず
今回の騒動は、男性の抱える人権課題が見過ごされてきた現実を浮かび上がらせた。
内閣府の統計によれば、日本の自殺者の約7割は男性で、特に中高年層で高い。
また、育児・介護への関与が評価や昇進で不利に働くケースも指摘されている。
さらに、性被害の当事者であっても相談しづらい環境があり、支援体制の不足が課題とされる。
社会調査の設問がこうした現実を反映できていないとすれば、調査自体が偏りを内包する可能性もある。
■ 調査会社に求められる対応
調査の信頼性を確保するには、設問設計の透明性が不可欠だ。専門家は次のように提案する。
「設問の意図を明確に公表し、自由記述の内容を分析・反映した改訂版を行うことが望ましい。また、性別ではなく、被害や困難の種類を基準に設問を構成することで、より実態に即した調査となる。」
企業が対話を通じて信頼を回復し、社会的使命を果たせるかが注目される。
■ “炎上”が映す社会の鏡
誰の声を拾い、誰を取りこぼしているのか――。
社会全体が「可視化のあり方」を問われている。
「炎上は関心の高さの表れ。批判を受け止め、より公平な設問設計に改めることが、信頼回復への第一歩となる」(社会調査専門家)
小さな設問の一つが、日本社会の“見えない人権”を映し出した。
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