
全国でクマの出没や被害が相次ぐなか、TikTokやX(旧Twitter)などのSNS上で、生成AIによって作られた「偽クマ動画」が急増している。街中でクマを撃退する人々の様子や、山間部で人が襲われる瞬間を映したように見せかけた映像が拡散され、専門家が「命に関わる誤情報」として警鐘を鳴らしている。
読売新聞の分析によると、クマ出没関連の動画のうち、検索上位100件のうち約6割がAI生成によるものだった。特に「クマが住宅街を走り回る」「高校生が素手でクマを撃退」「ドローンがクマを追い詰める」などの映像は再生数が数十万回を超え、コメント欄には「すごい」「勇敢だ」といった反応が並ぶ。しかし、映像解析の結果、多くが実際にはAIツールによる生成・合成であることが判明した。
秋田県能代市や石川県七尾市などでは、「市内でクマが暴れている」とする動画が投稿されたが、いずれも自治体が「事実無根」と正式に否定している。能代市危機管理課の担当者は「SNSを見た市民から通報が相次ぎ、警察と確認作業に追われた」と説明。
一方で、七尾市では「動画を信じて外出を控えた」という市民もおり、混乱が一時的に広がった。
専門家は、こうしたAIフェイク動画がもたらす「現実的な危険」に注意を呼びかける。
京都大学防災研究所の社会情報学者・村上浩一氏は「偽映像が『自分も撃退できる』という誤った印象を与えることで、実際の遭遇時に逃げ遅れる危険がある」と指摘する。
さらに「地方自治体の防災体制は人的リソースが限られており、誤報対応で本来の救助や通報業務が遅れる可能性もある」と警告している。
生成AIの映像は近年急速に進化しており、特に光の反射や毛並みの表現などがリアルに再現され、一般視聴者では真偽の判別が困難になっている。SNS運営会社の中には「AI生成コンテンツ」である旨を自動検知・表示する仕組みを導入し始めているが、投稿者がタグを削除することで警告が表示されないケースも多い。
また、SNS上では“バズ”を狙った偽動画の投稿も後を絶たない。ある投稿者は「AIで作っただけでニュース番組に映った」と自慢しており、こうした行為が社会的混乱を助長しているとの批判も出ている。
一方で、AIフェイク対策に取り組む企業も増えている。東京大学と電通国際情報サービス(ISID)が共同開発中の「AI映像真偽検証プログラム」では、映像のピクセル構造や光のゆらぎパターンから生成AI特有の不自然さを自動検出できるという。
政府もまた、デジタル庁と総務省が中心となり、2026年度までに「AIコンテンツ検証システム」を実用化する方針を示している。
専門家らは、もし野生のクマと遭遇した場合、「撃退を試みるよりも速やかに逃げ、静かにその場を離れることが第一」と強調。
フェイク動画に惑わされず、行政や警察など公的機関が発信する正式情報を確認するよう呼びかけている。
SNS社会の拡大により、AIによる虚構と現実の境界はますます曖昧になりつつある。
「たとえ映像がリアルでも、それが真実とは限らない」──その認識を社会全体で共有する必要が高まっている。
コメント