日本テレビ・菅谷大介アナウンサー死去 すい臓がん闘病中の急逝 報道現場を支えた27年の声

日本テレビのベテランアナウンサー、菅谷大介氏が11月8日午後、消化管出血のため急逝した。享年53。1997年に日本テレビへ入社以来、ニュース番組やスポーツ中継など幅広いジャンルで活躍し、誠実な語り口で視聴者に親しまれた。2022年にすい臓がんを公表して以降も現場復帰を目指し、闘病を続けながらアナウンサーとしての職務を果たしていたという。

日本テレビは10日、公式発表として「弊社アナウンサー・菅谷大介が8日、消化管出血により逝去いたしました。ここに深く哀悼の意を表します」とのコメントを公表。社内では長年、報道局とスポーツ局双方の中核を担い、後輩育成にも尽力していた人物として知られる。

菅谷氏は神奈川県出身。慶應義塾大学を卒業後、1997年に日本テレビに入社。「ニュースプラス1」など報道番組のキャスターとして経験を積み、その後は「ズームイン!!SUPER」など情報番組にも出演。スポーツ実況では箱根駅伝やプロレス中継、サッカー日本代表戦など数多くの現場を担当し、冷静で的確な進行に定評があった。

2022年、すい臓がんを患っていることを公表。闘病中もアナウンス部に籍を置き、復帰を目指して自宅療養と発声練習を続けていたとされる。病気の進行が報じられた際、同僚アナウンサーらは「いつも後輩に優しく、放送現場で誰よりも落ち着いた存在だった」と語っていた。

葬儀は近親者のみで執り行われる予定で、日本テレビは社内関係者・視聴者向けに後日追悼番組の放送を検討している。SNS上では訃報が伝わるとともに、視聴者やかつての共演者から追悼の投稿が相次ぎ、「穏やかな声にどれだけ励まされたか分からない」「菅谷アナの実況があると安心して見られた」といったコメントが寄せられている。

業界内でも衝撃が広がっている。日本テレビ関係者によると、菅谷氏は最期まで取材・実況への情熱を失わず、「声で伝えることが使命」と周囲に語っていたという。後輩アナウンサーらはその姿勢を「プロ意識の象徴だった」と称えた。

病との闘いを公にした背景には、放送業界における病気理解を広げたいという思いもあったとされる。公表当時、菅谷氏は「生放送の現場に戻ることを目標に、前を向いて治療を続けたい」とコメントしており、実際に体調の良い時期にはナレーション収録などを行っていた。

すい臓がんは発見が難しく、進行が早いとされる難治性のがんである。厚生労働省の統計によれば、日本国内のがん死亡原因の中でも上位を占めており、治療中の社会復帰には困難が伴う。菅谷氏が業務を継続していたことは、同じ病に立ち向かう人々に勇気を与えたとの声も多い。

報道フロアでは、訃報の知らせに涙をこらえながら放送を続けたスタッフもいたという。長年の同僚であるアナウンサーの一人は、「彼の落ち着いた声は、混乱した現場を静かにまとめる力があった。あの声がもう聞けないのは本当に寂しい」と語った。

生前の菅谷氏は、「言葉は人の記憶に残る最も強い力」と語っており、その信念を胸に、数多くの生中継・報道現場を支えた。葬儀後も、日本テレビ内には「菅谷アナの原稿を読み返すと、自分の初心を思い出す」との声が広がっており、その功績と人柄は今後も放送現場で語り継がれることになりそうだ。

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