食品大手のキユーピー株式会社(本社・東京都渋谷区、髙宮満社長執行役員)は12日、同社が展開してきた育児食(ベビーフード・幼児食)事業を2026年8月末をもって終了し、以降、順次販売も取りやめると発表した。1960年の事業開始以来、実に65年にわたり日本の子育て世代に寄り添ってきた同社の育児食は、時代の移ろいとともに静かにその幕を閉じることとなった。
今回の撤退対象となるのは、瓶詰やレトルトパウチ、カップ容器入りの製品など、容量や包装形態を含めた全72品目。長年にわたって家庭で親しまれてきた「にこにこボックス」「ハッピーレシピ」シリーズのほか、「やさいとなかよし」や「ベビーデザート」なども含まれる。最も賞味期間が長いもので25カ月に及ぶ商品群もあり、消費者の購入サイクルを考慮して、今後約1年間をかけて段階的に生産を縮小し、在庫状況を見ながら販売終了へと移行する。
■市場の変化と経済的苦境
キユーピーによると、育児食事業はここ数年、自社の販売数量が伸び悩む一方で、原材料費やエネルギー費の高騰といった外部環境の悪化に直面していたという。商品継続に向け、設備投資やプロモーション強化なども含めて社内であらゆる施策を検討したが、最終的には「品質を維持したまま事業を存続させることが困難」と判断した。
背景には、日本国内における少子化の加速や、消費者の価値観の変化もある。手作り志向や離乳食サービスの多様化、外食・中食業界との競合も厳しさを増す中、従来のモデルでの収益確保が難しくなっていた。同社は「品質への姿勢は今後も守り続ける」とし、育児食という形での提供は終えるものの、子どもたちの食と健康への貢献は他の事業領域で継続していく構えを見せた。
■“離乳食といえばキユーピー”の時代も
キユーピーの育児食は、1960年に瓶詰離乳食として販売を開始。当初は「離乳期の栄養補助」を目的とし、家庭での調理負担を軽減する画期的な商品として登場した。高度経済成長とともに共働き家庭が増加したことも追い風となり、スーパーや薬局などで手軽に買える育児食として広く受け入れられていった。
昭和から平成、令和へと時代が変わる中でも、「赤ちゃんが初めて食べる市販食品」として、その品質と安心感は多くの家庭で評価され続けてきた。ベビーフード業界全体が大きな変革期を迎える中、キユーピーはその老舗としての地位を維持しつつ、時代のニーズに応じてパッケージやラインアップを刷新してきた。
■「育児食」終了後も、次代を見据えて
今後の対応として、キユーピーは公式ウェブサイトなどを通じて、販売終了の詳細や代替商品に関する情報を順次発信していくとしている。また、家庭での食育支援や、保育施設・自治体向けの栄養提供など、育児世代への新たなアプローチを模索する姿勢も垣間見せた。
同社は「これまで当社育児食をご愛顧いただいた多くのお客さまに、心より感謝申し上げる」としつつ、「“食”を通じて子どもたちの健やかな成長を支えるという使命は、今後も変わることはない」として、食品業界における社会的責任の継続を誓った。
今回の撤退は、単なる一企業の経営判断にとどまらず、日本全体が抱える少子化やライフスタイル変化といった構造問題を映し出す象徴的な動きといえる。多くの親子の食卓を支えてきた“キユーピーの育児食”が、その歴史に終止符を打つことは、消費者の記憶にも長く刻まれるだろう。
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