
都市の交通システムに変革をもたらすと期待された電動キックボードが、再び議論の渦中に立たされている。今回注目されたのは、シェアリング電動キックボード「LUUP」の利用者が、路肩に停車した車を避けるため一時的に歩道へ乗り上げた際、警察官に制止され注意を受けたという出来事だ。利用者がその体験をXに投稿すると、瞬く間に数万件の反応が集まり、交通ルールと行政対応をめぐる議論が白熱した。
投稿者は、「危険を避けただけなのに、警察が高圧的だった」と不満を記し、多くの支持を得た。一方、コメント欄の大勢を占めたのは「歩道走行は明確な交通法違反」「ルールを守れない利用者が問題」という厳しい声だ。電動キックボードが歩道を走行することは原則認められておらず、例外条件も詳細に規定されている。今回のケースがそれに該当するかは議論の余地こそあれ、利用者には車両としての法的地位が課されていることは揺るぎない。
議論が過熱する背景には、社会的緊張がある。電動キックボードは都市型短距離移動の切り札として期待され、国家事業レベルの推進が進む。しかし同時に、信号無視、逆走、歩道暴走といった違反やトラブルが全国で相次き、警察庁が対策強化に動く状況だ。「便利さ」と「責任」のバランスを社会全体が模索している最中にある。
LUUPはサービス利用規約で法令遵守を明記し、アプリ上で安全講習を実施している。一方、アプリを閉じればすぐに現実社会――信号、歩行者、死角、工事車両――が立ちはだかる。机上の教育だけで交通倫理が浸透するほど道路は単純ではない。今回、投稿者が「一瞬の不可避行動」を訴えたことに共感する声があるのも、現実の道路状況の複雑さを示している。
では、なぜ利用者教育への疑念が広がるのか。背景には、交通インフラと規制体系の“過渡期”特有のラグがある。自転車、原付、電動アシスト、そして新たに位置づけられた「特定小型原動機付自転車」。分類が細分化する一方、道路は依然として「自動車中心社会時代の設計思想」に多くを頼っている。歩行者・二輪・小型モビリティが共生するための道路整備は道半ばだ。
警察の対応についても、意見が割れる。「ルールを徹底しなければ事故を抑止できない」という実務的立場と、「市民に寄り添い状況を理解すべき」とする人間的配慮。そのバランスが求められている。厳罰主義か柔軟運用か。双方の境界は、先行する欧米都市でも議論の焦点となっている。
社会実装の途上では、摩擦は避けられない。問題は、その摩擦を通じて制度が成熟するかどうかだ。今回の出来事は、一利用者の体験投稿にとどまらず、「都市モビリティの未来」を問う鏡となった。電動キックボードが迷惑な存在として失速するのか、社会に受容されるインフラとして進化するのか。鍵を握るのは、利用者の意識変容と、行政・企業・市民が共にルールを磨き続ける覚悟だ。
便利さは求められる。しかし便利さには必ず責任が伴う。歩道に一瞬入り込んだキックボードが投げかけた問いは、些細なニュースの体裁を超え、社会全体への宿題となっている。
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