「金持ちのまま死ぬ者は、不名誉である」──米鉄鋼王アンドリュー・カーネギーが19世紀末に残したこの言葉に、世界屈指の富豪が深くうなずいた。
米マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏(69)は、設立から25年を迎えた「ビル&メリンダ・ゲイツ財団」を2045年12月末で閉じる方針を明らかにした。財団閉鎖までの20年間に自身の全資産のほぼすべてを寄付し終えるとし、拠出総額はおよそ2000億ドル(約31兆円)に上る見込み。すでにこれまでの25年間で1000億ドル以上を拠出してきたが、今後は倍速で資金を投じていくという。
ゲイツ氏は財団公式サイトでの寄稿の中で、「人々が私の死をどう語るかは分からないが、“金持ちのまま死んだ男”とは言われたくない」と述べ、「今ある資源を、まだ救える命のために使わなければならない」との強い思いをにじませた。
財団設立時は、創設者の死後数十年をかけて徐々に活動を終える計画だったが、近年の再検討で前倒しを決断。取締役会の了承を得て、今後は支出規模を倍に拡大し、最終的には財団を完全に終息させる道を選んだ。
取り組みの柱は大きく三つ。第一に、予防可能な原因による妊産婦・乳幼児の死亡をゼロに近づけること。1990年には年間1200万人の5歳未満児が命を落としていたが、2019年にはその数が500万人にまで減少。さらにその半減を目指す。
第二に、致死性感染症の根絶。ポリオやギニア虫病は目前、マラリアや麻疹、結核、さらにはHIVについても、新たな治療法やワクチンの進展により「終わり」が見え始めているという。
第三に、数億人を貧困から解放し、繁栄への道筋を各国が自ら描けるようにすること。教育支援や農業技術の改良、AIによる公的サービスの底上げ、女性への機会提供など、多面的に後押しする。
同氏らの活動は、既存のパートナーであるGavi(ワクチン供給機構)やグローバルファンド(感染症対策基金)との連携強化を軸に、各国政府や民間企業、NGOなどとともに進められる。すでにGaviとグローバルファンドを通じて救われた命は、8000万人を超える。
財団とは別に、ゲイツ氏は次世代型原子力発電を開発する「テラパワー」や、気候変動に対応したエネルギー技術に投資する「ブレークスルー・エナジー」、さらにはアルツハイマー病研究などにも資金を投じており、これらの事業で得た収益は、すべて財団に再投入する意向を明言している。
背景には、家族や盟友の影響も色濃い。母は「与えられた者は返す責任がある」と説き、父は財団初代代表としてその理念を形にした。長年の友人である投資家ウォーレン・バフェット氏からは、「稼いだ分は生きているうちに還元せよ」との教えを受けたという。
ゲイツ氏は「マイクロソフトが50年を迎える今、私はその果実を社会に返す時だと感じている」と語る。子どもの頃から築いてきた富の集積を、今度は“逆流”させる時が来たというわけだ。
財団の閉鎖は終わりではない。むしろ、持てる者が最後に果たすべき義務を全うするためのけじめである。ゲイツ氏は最後にこう述べている。「これがキャリアの“最終章”になるだろう。それでいい。時計の針は、もう動き出している」――。
厚い雲
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