
2014年に理化学研究所の研究ユニットリーダーだった小保方晴子氏が「STAP細胞はあります」と発表してから10年。日本中を揺るがせた一連の騒動は、科学研究の在り方や組織の責任、そして「才能を守る仕組み」の欠如という課題を今なお突きつけている。
■ “夢の万能細胞”から一転、論文撤回へ
STAP細胞(刺激惹起性多能性獲得細胞)とは、酸性の刺激など簡単な処理で体細胞を万能細胞化できるという仮説だった。
小保方氏は2014年、英科学誌『ネイチャー』にSTAP細胞の論文を発表し、「iPS細胞を超える発見」として国内外の注目を浴びた。理研では「次代のノーベル賞候補」との声も上がり、同氏は一躍時の人となった。
しかし、他の研究者による再現実験が次々と失敗。画像の流用やデータ不備も指摘され、同年7月、論文は撤回された。
理研は外部調査委員会を設置し、「研究不正があった」と結論。共同研究者の笹井芳樹副センター長は騒動の最中に自死し、科学界に深い衝撃を与えた。
■ 科学的検証と「社会的制裁」の狭間で
小保方氏はのちに「STAP細胞は存在する」と主張を続けたが、国内の科学コミュニティでは信頼を完全に失った。
一方、事件を通じて「科学的不正をどう扱うべきか」「研究者個人を守る仕組みがあるのか」という問題も浮かび上がった。
理研の対応については、「早期に調査に踏み切った点は評価できる」とする意見がある一方で、「検証の前に社会的排除が進んだ」との批判も根強い。
当時、研究現場にいた関係者は「彼女の研究の是非を問う科学的議論より、スキャンダルとしての報道が先行した」と振り返る。
■ アメリカでは類似原理の特許も
その後、米国ではSTAP細胞と類似する「細胞初期化」に関する特許が登録されたことが報じられた。
ただし、これはSTAP細胞の存在を科学的に証明するものではなく、別の実験手法を応用した研究成果である。
それでも一部の専門家は「日本で育たなかった発想が、海外の研究土壌で別の形で生かされた」と分析する。
東京大学の生命科学者はこう指摘する。
「科学は、誤りを含む仮説でも検証を重ねて進化していくもの。本来は“排除”ではなく“再現の努力”が求められる。日本の研究体制は、挑戦的な失敗を許容しづらい文化がある」
■ 科学界に残る“STAPの教訓”
STAP細胞の存在は、現時点でも再現されておらず、科学的には否定されている。
しかし、この事件が残した教訓は、単なる「一人の研究者の不正問題」では終わらない。
文部科学省は2015年以降、研究不正防止に関するガイドラインを改定。
論文データの保存義務や第三者検証の仕組みを強化し、組織的なチェック体制の整備を進めている。
一方で、若手研究者の精神的負担や「失敗を許さない空気」による萎縮も指摘されている。
■ “失敗から学ぶ科学”へ転換できるか
海外では、再現できない研究でも「挑戦した努力」を評価し、次の研究資金につなげる制度がある。
一方、日本では「成果主義」と「即時の責任追及」が強く、研究者が萎縮する構造が残る。
科学社会学者の山口修氏はこう語る。
「STAP問題の本質は、科学的不正そのものよりも“検証文化の欠如”にある。
研究を失敗から再構築する姿勢を持たなければ、次の発見も生まれない」
■ 結語:あの「STAP細胞はあります」から10年
あの一言で、科学界は熱狂し、やがて失望した。
小保方晴子氏は表舞台を去ったが、事件は今も研究倫理の教材として大学や学会で語り継がれている。
科学とは、間違いを暴くことではなく、真理を追い続ける営みである。
STAP騒動の10年後に問われるのは、「誤りを正す社会」ではなく「挑戦を見守る社会」を築けるかどうか――。
日本の科学がその教訓をどう生かすかが、未来の研究力を左右することになる。
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