農家を搾取し、日本の食を蝕む“中間支配層” 米価2万4000円の異常に潜む構造的売国

「30キロ9000円で出荷した米が、2万4000円で店頭に並ぶ」。鳥取のある米農家が発した、この嘆きにも似た言葉は、まさに今の日本農業の腐敗を凝縮している。農家が精魂込めて作った米が、都市の販売構造の中で歪められ、食卓に届く頃には、もはや“日本の米”とは呼べぬほど高値の“商品”に成り果てている。

米価の高騰は、異常気象や国際的な需給の乱れといった外的要因ばかりが指摘されるが、問題の本質は内なる“寄生構造”にある。戦後の農政において肥大化し続けたJA(農業協同組合)という旧態依然の組織は、本来農家を守るべき存在でありながら、いまや流通と価格決定の中枢に居座り、農家から主権を奪って久しい。

JAは農家から米を一括買い取りし、流通網を独占する。そして、その過程に幾重もの業者がぶら下がり、何の生産性もない“中間手数料”を積み上げていく。包装、保管、輸送、販売、、すべてに“口実”を設け、実態なきコストを上乗せし続ける。この利権構造こそが、日本農業の崩壊を招いている元凶である。

農業資材においてもJAは、肥料や農薬、農機具を農家に高値で供給する一方で、米を安値で買い叩く。その差額を利益として吸い上げる構造が半世紀にわたって放置されてきた。「農業の支援団体」とは名ばかり。実態は、農家の労働と収穫に寄生する“中抜きシステム”であり、かつてのGHQ農政を引きずる“戦後利権”の象徴と言ってよい。

加えて、グローバリズムと輸入偏重の通商政策が、国内農業の基盤を破壊してきた事実を無視することはできない。アメリカや中国の農産物を「自由貿易」の名の下に大量に輸入しながら、国内の自給体制には冷淡な姿勢を取り続けてきた。日本の食を守るという最低限の国策さえ、霞が関と財界は忘却したのか。農家を守らずして、国が守れるはずがない。

政府は2025年2月、異例の措置として備蓄米21万トンの放出を決定した。だが、これは火消しに過ぎず、問題の根幹には触れていない。なぜ、農家の出荷価格が据え置かれる一方で、消費者価格がここまで跳ね上がるのか。なぜ、国家の根幹たる第一次産業が、都市の“中間管理層”によって搾取されているのか。なぜ、この国は「農家に金を回さない」ことにこれほどまでに躊躇がないのか。

農家がネット直販に活路を見出そうとしても、現実にはJAによる囲い込みが障壁となる。市場と直接つながろうとする農家には、資材提供や信用供与を通じて圧力がかけられる。自由な取引を阻害する、事実上の“農業封建制”がいまなお温存されているのだ。

消費者もまた、安易に「物価高」と嘆く前に、自らが食べている米がどのような構造の中で価格を形成されているのかを直視すべきである。手間も時間もかかる米作りの過酷さに思いを馳せず、スーパーで“値引きシール”ばかりを追い求める風潮は、農業の未来を確実に奪っていく。

そして、今こそ国民は思い出すべきだ。農業とは、単なる産業ではない。日本文明を支えてきた根幹であり、国土を守り、命をつなぐ「国防」そのものである。農家が貧しく、政治家が肥え太る国に、真の主権は存在しない。

米価2万4000円という異常は、経済の歪みではない。これは、日本の農と食を貪る構造的な“国家的犯罪”である。戦後体制の残滓を断ち切り、農家に真の自由と尊厳を取り戻す――それこそが、今を生きる我々に課された歴史的使命である。

記者(西元 翔栄)

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