馬鹿につける薬はない?それは思い込みである
「馬鹿につける薬はない」という言葉があるが、馬鹿につける薬も作れないくせに人を馬鹿にするとはけしからんと私は声を大にして言いたい。だが、こんなことを言っている時点で私も馬鹿なのかもしれない。とはいえ、くだらないことで怒りを感じるのも人間らしさというものだろう。
「馬鹿につける薬はない」とは、古くから伝わる諺であるが、これを言う人のほとんどは、自分が馬鹿ではないという自信を持っている。だが、その自信が実は「馬鹿の一つ覚え」でしかないことに気付いていないのが実に滑稽である。そもそも「馬鹿」とは何なのか?誰がその線引きを決めるのか?
人類が進化してきた過程を振り返れば、馬鹿の中にこそ偉人が潜んでいた歴史がある。ガリレオ・ガリレイが地動説を唱えた時代、人々は彼を馬鹿扱いした。「おいおい、地球が動いてるわけないだろ?」と鼻で笑ったのだ。まさに、お世辞にも面白いとは言い難い愚行である。しかし、最終的には彼の主張が正しいと証明された。
つまり、馬鹿とは時代がまだ理解していないだけの可能性があるのだ。社会が進化する過程では、こうした「しょうもない」レッテルが貼られることもしばしばである。
このような視点を持てば、「馬鹿が経営者になり、利口が従業員になる」という持論も決して突飛なものではない。むしろ、現代社会ではその構図が至る所で見られる。馬鹿な経営者が大胆な舵取りを行い、利口な従業員がその後始末をする。このバランスが絶妙に社会を動かしているのではないだろうか。
馬鹿の特権とは何か
馬鹿な経営者には、ある種の特権がある。それは「恐れを知らない」という点だ。リスクを顧みない経営者が突き進んでいく姿は、一見無謀に見えるが、成功すれば「大胆不敵」、失敗しても「チャレンジ精神の持ち主」と評価される。これを「馬鹿の功名」と言わずして何と言おう。
例えば、名だたる経営者の中には、学歴もなく、特筆すべきスキルもない人物が少なくない。スティーブ・ジョブズは大学中退だし、孫正義氏も若い頃に何度も失敗している。しかし、彼らは何があろうと進み続けた。その姿を見て、利口な従業員たちは「まあまあ、社長のアイデアは置いといて、現実的に進めよう」と冷静に舵を取り直すのである。言い換えれば、経営者の暴走を「しょうもないな」と思いながらも、利口な従業員が補佐することで企業は成長していくのだ。
利口が従業員である理由
では、なぜ利口な人々は経営者にならないのか。その答えはシンプルである。「利口すぎるから」である。
利口な人はリスクを計算しすぎるあまり、経営の荒波に飛び込むことをためらう。完璧を求めるがゆえに、踏み出せないのだ。また、利口であるがゆえに「これは無理だ」「やめた方がいい」と冷静に判断してしまう。この「面倒見の良さ」が彼らを従業員の立場に留めてしまうのだ。
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一方で馬鹿な経営者は「とりあえずやってみよう」という精神で突き進む。結果的に、利口な人々は馬鹿な経営者の下で働くことになる。利口な従業員たちは「まあ、あの人には無理だろうけど、私が頑張れば会社は回る」と考える。
ここに、企業の原動力が生まれるのである。
馬鹿な経営者が世界を動かす
歴史を振り返れば、多くの偉業が馬鹿な経営者によって成し遂げられている。
トーマス・エジソンは「私は失敗したことがない。ただ1万回の方法を見つけただけだ」と語った。普通の人なら9000回目くらいで諦めるが、エジソンは諦めなかった。彼のしつこさは馬鹿そのものだったが、その結果が電球という発明につながった。
また、リチャード・ブランソンは「失敗を恐れるな。飛び込んでから考えればいい」と述べている。彼の経営スタイルは常に型破りで、時には「無茶」とさえ言われることもあったが、彼が築いたヴァージングループは今や世界的企業となっている。
馬鹿と利口の共存が社会を発展させる
このように、「馬鹿な経営者」と「利口な従業員」の組み合わせこそが、企業の成長の秘訣である。互いの強みを活かし合うことで、社会はより良い方向へ進んでいくのだ。 #馬鹿 #ビジネス
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